おおむね農夫、時に木こり。「山あれば山を観る 雨の日は雨を聴く 春夏秋冬 あしたもよろし ゆうべもよろし」(山頭火)。こんな生活のあれこれを綴ります。
60年前の先端機械
     納屋の奥で見慣れぬ機械がほこりをかぶっていた。
     縄をなう機械のようだ。
     ラッパ型の二つの挿入口からワラを入れると十数個の歯車が回転して
     縄を吐き出す仕組みらしい。
     取り出し口には古びた縄がまだ垂れていた。
縄ない機  機械の足の部分に

九州本線木葉駅前 東製作所
昭和二十三年三月求む
一金三千五百円也


と墨で記してあった。

 昭和二十三年は今から60年前、戦争が終わってからわずか3年しか経っていない混乱期だ。
当時の貨幣価値は分からないが、3500円は目の玉が飛び出るほどの金額だっただろう。
機械が届き試運転を始めたとき、近所の老若男女が目を輝かせて見守ったに違いない。

 九州本線木葉駅は現在のJR鹿児島本線木葉(このは)駅=熊本県玉東町。
駅前に東製作所は残っているだろうか。

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2008.11.02 Sun 16:12:21 | 暮らし| 0 track backs, 2 comments
コメント
この記事へのコメント
機械はまだ動きそう
小松の草じらみさん おはようございます。
 昔はワラで縄や筵を作ったり、動物のえさにしていたようですが、
今はあまり使われていません。
機械は手でなうより早く縄を作れたのでしょうね。
何とかワラを入手して機械を使ってみます。
2008.11.17 Mon 06:05:59 | URL | 沢太郎 #fZUo1r6Y[ 編集]
よく縄を縫った
私にはとても懐かしい機械だ。60年ほど前、小学校5、6年生から中学にかけての秋冬、学校から帰るとかならず、これと同様な機械で縄を縫わされた。いまホームセンター売っている、太い大巻き2つほどが父から命じられていた日課だった。足踏み動力で、手でとぎれることなく同じ太さになるように、わらを供給する。米俵を縛りあげたり、雪で倒れた山の杉の木を起こすのに使われた。あなたも歯車に油を注して、縄を縫ってみたらいかが。

2008.11.16 Sun 15:19:40 | URL | 小松の草じらみ #-[ 編集]
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