おおむね農夫、時に木こり。「山あれば山を観る 雨の日は雨を聴く 春夏秋冬 あしたもよろし ゆうべもよろし」(山頭火)。こんな生活のあれこれを綴ります。
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平々凡々ありがとう
      正月も早や4日。
     頂き物のカレンダーに、こんな文章が印刷されていた。

                きょうも一日が過ぎた
           平凡な一日が過ぎた
           ありがとう
           今日も無事でありがとう
           平々凡々ありがとう


      今でこそ深く同感するが、若いころは違った。
     たまに風邪をひくぐらいで、病院とは縁がなく、元気でいるのは
     当たり前。
     「平々凡々」は退屈だった。

      幾星霜を経たいま、若さは遠い思い出となり、いくつかの持病で
     病院通いが欠かせない。
     両親も弟も亡くした。
     自分も終の棲家でひっそり暮らしている。
     
      「今日も無事でありがとう」と感謝しながら。

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2014.01.04 Sat 16:31:37 | 暮らし| 2 comments
コメント
この記事へのコメント
幻のような一期
山寺の和上さん こんにちは。

 「本ブログの開設者はその模範的な?事例」の
くだりを除いて、おっしゃることに賛成です。

 山里に移住して以来、話をしたこともない
方々の葬儀に参列することも多く、
蓮如上人の『白骨の御文章』が、いつしか
心に刻まれました。
その中にこんな御文章があります。

 それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、おほよそはかなきものはこの世の始中終、幻のごとくなる一期なり。     
されば、いまだ万歳の人身を受けたりといふことを聞かず。一生過ぎやすし。今に至りて誰か百年の形体を保つべきや。我や先、人や先、今日とも知らず、明日とも知らず。遅れ先だつ人は本の雫・末の露よりも繁しといへり。


 「我や先、人や先、今日とも知らず
明日とも知らず」という儚い命だからこそ
よりよく生きたいとは思うのですが、
無為に過ごす日の何と多いことか。


 
2014.01.12 Sun 17:12:09 | URL | 沢太郎 #fZUo1r6Y[ 編集]
高齢者の居場所
◎現在、我が国は急速に少子高齢化社会
に移行しつつある。その理由について或
る学者は「自然史から見ると、若い世代
が農耕、牧畜、水産、林業、手工業を基
礎とする伝統文化を継承する能力を低下
させ、その関心の置きどころを特定の分
野に偏在させている。産業構造(例・I
TやAuto産業)も然り」ーだからと
指摘している。
◎これを自分の都合のよいように解釈す
るなら「老人は特に気張ることなく平々
凡々に(気儘に)生き、次ぎの世代に何
かインパクトを与えるだけでよい」コト
を含意している。
◎50歳くらいまでは義務教育→中・高等
教育→就職→結婚→子育てと(法制的・社会
的に)厳重な規制を受けている。定年退
職後はそれから解放され心身の健康、所
得の点では若い世代に譲るけれども「よ
り自由」である。それ故に個性的に生き
得る権利(と義務)に恵まれている。若
い世代より選択肢は多岐と言えよう。
そのため神仏から長い寿命をいただいて
いるのだ。次世代の空隙を補填する役割
が高齢者にはある。
◎本ブログの開設者はその模範的?な事
例かも知れない。歳をとってドコが悪い!
◎全て移り変わる。より良い方角に舵を
切ろう。“諸行無常、諸法(存在)無我”
は消極的な概念ではないのである。
2014.01.12 Sun 13:50:37 | URL | 山寺の和上 #-[ 編集]
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