おおむね農夫、時に木こり。「山あれば山を観る 雨の日は雨を聴く 春夏秋冬 あしたもよろし ゆうべもよろし」(山頭火)。こんな生活のあれこれを綴ります。
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田植え唄が聞きたい
枯れ

      我が家から、こんな風景が見える。
     
      手前は田植えが済んだ田んぼ。
     その隣りの草が紅葉しているところは先日、年配の男性が
     草枯らし(除草剤)を撒いていた畑?だ。

      そして、一番奥の土地は、去年も草ぼうぼうだった。
     何かの理由で所有者が耕作を諦めたいわゆる耕作放棄地だろうか。

      去年まで住んでいた集落は、山林面積が70%を超える過疎地だったから
     至る所に耕作放棄地があった。
     いま住んでいる集落は、国道にも近い開けた場所にあるのに、耕作放棄地は
     珍しくない。

      田植え最盛期の今、雨の中をあちこちの水田で田植え機が動いている。
     機戒の音も、人の声も聞こえない静かな風景だ。

      賑やかな田植え唄が聞こえる時代は、もう来ないだろうな。

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20071103161540.gif      
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2013.06.23 Sun 17:26:37 | 畑仕事| 1 comments
コメント
この記事へのコメント
ラデジンスキーの農地改革
◆本ブログに必ずしも適さないが一筆
書かせてもらおう。筆者の居住地はその
名も高い「千町歩地主の王国=小作争議
猖獗<しょうけつ>の地」であった。
TPP議論が喧しいが、現代日本の農業、
否民主主義体制の国家建設の基盤になっ
たのが、諸兄姉の承知のとおり農地改革
(1946ー‘50年)である。
◆この際、GHQの招きで来日し実施を
担ったのが米国農務省極東班長、W・ラ
デジンスキー(1899~1975年)である。
彼はきわめて良心的な学者肌の能吏であり
日本各地に自ら足を運び農業経営の実態、
地主、小作人の言い分に耳を傾け、しか
も当時未だ健在であった伝統的な村組織
を活用してこの大改革を成し遂げたので
あった。
◆ソ連や中国の国営農場方式や北南アメ
リカのような大規模粗放式農業を二つな
がら否定し、「一年に400日働いても
生活を向上できない」日本式小作農経営
を打破したわけである。無論、農地を手
放した地主階級や彼らの利益を代弁して
きた政治勢力はラデジンスキーを「アカ
(共産主義者)」と罵ったのだが、滔々
とした歴史の流れに則した改革であった。
彼はまた工業優先の体制が経済発展、生
活向上に直結するものではないことを知
っていた。当時の農林大臣、広川弘禅は
彼の手腕を高く評価し丁重な礼状を出し
ているほどである。
◆この人物は高校の日本史、政治・経済
の教科書にもほとんど出ていないが、日
本にとっては記憶すべき人物だ。USA
官吏の有能さ、D・マッカサーの炯眼
(私はK国人のように軍人・M元帥を尊
敬はしていないが)は瞠目に価する。勿
論、日本の農政家でも石黒忠篤(1884~
1960年)の如き優れた人物はいた。憲法
に「勤労の義務」を盛り込んだのは石黒
だという。国にタカル一方の諸団体には
頂門の一鍼
ではなかろうか。ばらまき政治家も同罪。
◆言わんとするところー現代社会が戦後
改革の成果に立脚しているのに、或る種
のヤカラはそれに学ぼうとせず何者かに
使嗾され国の針路をネジ曲げようとして
いるやに見える。彼らは北朝鮮の金一派
と同じく、やがて潰えるであろう。また
この外国人の姿から「若者はよく学びそ
して実践せよ」との教訓を引き出せるか
も知れない。〔注・筆者は地主悪者論
に加担しているのではない。〕
※ラデジンスキー=ウクライナ出身のユダヤ系
アメリカ人。コロンビア大学卒。専門はアジア
(日本、ベトナム、ネパール、インドネシア、
フィリッピンなど)の土地所有と農業問題。
                 以上

2013.12.20 Fri 08:46:55 | URL | 山寺の和上 #-[ 編集]
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