おおむね農夫、時に木こり。「山あれば山を観る 雨の日は雨を聴く 春夏秋冬 あしたもよろし ゆうべもよろし」(山頭火)。こんな生活のあれこれを綴ります。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- --:--:-- | スポンサー広告|
なんにも欲しくない
アケ㊤

      少々長い竹の棒でも届かない所にアケビがあった。

アケ㊦

      ちょうど食べごろのようだ。
     小学生のころだったら、木によじ登ってアケビを取っただろう。
    
      しかし、今はアケビを食べたいとは思わない。
     甘いものが乏しかったあのころ、感激して食べたチョコレートや羊羹も
     今はどうでもよろし。

      食べ物に限らず、欲しい、何としても手に入れたい!というものがなくなった。
     無欲の境地に至ったと言えば聞こえがいいが、年をとって、ときめく心が枯れた
     だけかもしれない。

      寂しいことだ。

     ↓よろしかったら応援のクリックをお願いします。
20071103161540.gif 
関連記事
スポンサーサイト
2012.10.20 Sat 16:03:57 | 食べる| 2 comments
コメント
この記事へのコメント
どうなることやら
佐原匠さん こんにちは。

 読書に励み、玄侑宗久師の講演を聴きに行くのは
まだまだ好奇心が枯れていない証拠。
小生は守備範囲がどんどん狭くなり、
末は日がな一日テレビの前でぼんやり過ごすかと……。
いやいや、そうはなるまいと、随分昔にテレビは捨てたので、
どうなることやら。

 上手に年を取るのは、若いときに上手に生きるより難しい。

 
2012.10.21 Sun 17:06:03 | URL | 沢太郎 #fZUo1r6Y[ 編集]
無欲恬淡ではないが・・・
◎沢氏と似た年恰好の老生も全く同感!
見たいTV番組、読みたいベストセラー、
偉い人に教示を乞うこと、政府や東電の
悪口をいうことーなどは卒業した。ただ
世を厭っているのではない。偏った読書
に励んでおるし、著書は読んだことはな
いが先日、玄侑宗久師の講演を拝聴して
きた。◎「自分を責めず人さまと比較せ
ず、持ち越し取り越し苦労せず」をモッ
トーに(当たり前!)守備範囲内で暮ら
すことは退嬰的ではないのである。
2012.10.20 Sat 21:15:01 | URL | 佐原匠 #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
"shw-greenwood" template design by Shallwill
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。