おおむね農夫、時に木こり。「山あれば山を観る 雨の日は雨を聴く 春夏秋冬 あしたもよろし ゆうべもよろし」(山頭火)。こんな生活のあれこれを綴ります。
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いかなる流転の果てに
赤

      道端に咲いている朱赤の小さな花はマルバルコウソウ(丸葉縷紅草)。
     写真ではぼやけているけれど、背景に咲いている青いアサガオとの
     対比が鮮やかだ。

      山と渓谷社の図鑑「日本の野草」によると、マルバルコウソウは
     江戸末期の1850年ごろ、熱帯アメリカ(ブラジル、ベネズエラなど)から
     渡来した帰化植物だという。

      いかなる流転の果てに九州の山里にたどり着いたのか。
     この花を眺めるとき、思いつきのように熊本に移住した我が身を重ねてしまう。
     お互い、遠くに来たもんだね。

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2012.09.04 Tue 17:28:33 | | 2 comments
コメント
この記事へのコメント
熊本がふるさと
かごめかごめの里さん こんばんは。

 ふるさとに帰り、母上と会われて
思うことが沢山あったでしょう。
私のふるさとは海が埋め立てられ、
住宅や工場が建って、昔の面影は
何も残っていません。

 ふるさとを喪った私には
熊本がふるさとになるでしょう。
かごめかごめの里さんにとって
熊本は今でもふるさとなのですね。

 
2012.09.13 Thu 17:44:32 | URL | 沢太郎 #fZUo1r6Y[ 編集]
流転の果ての終の住処
家族で、ふる里・熊本の母を見舞いがてら旅をしました。
車椅子に埋もれるような母の小さくなった身体、5人の子を育てた節くれの残る手のぬくもり。母も満州を流転し私も遠く離れてここに在り、自分の意志でありながら、どこか必然があったような気もします。

「思いつき」と言われる沢太郎さんの、マルバルコウソウに寄せる思いを明るく感じるのは、元気な花の色のせいもあるのでしょうか。
2012.09.13 Thu 11:19:15 | URL | かごめかごめの里 #-[ 編集]
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