おおむね農夫、時に木こり。「山あれば山を観る 雨の日は雨を聴く 春夏秋冬 あしたもよろし ゆうべもよろし」(山頭火)。こんな生活のあれこれを綴ります。
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過去の懐かしい風景
いね


      集落の稲刈りが終わった。
     田んぼから田んぼへ忙しく移動していたコンバインの姿はなく、
     山里に再び静寂が戻った。

      コンバインで稲刈り、脱穀、藁の粉砕してもらう農家が多い中で、
     手押しの機械で稲を刈り、写真のように架け干ししているのは
     集落の中ではAさんだけだ。牛や鶏を買っていることもあって
     藁をよく使うし、天日干しの米は旨さが違うからだそうだ。

      コンバインに稲刈りを頼んでも藁を粉砕せずに取り置く人もいるが、
     数は少ない。それだけ農家でも藁を使わなくなったということだろう。

      ハサ架けは時間も労力もいる大変な作業だ。
     跡継ぎのいない農家が高齢になったら架け干しをするのは難しい。
     上の写真のような風景は過去の懐かしい思い出になってしまうのだろうか。

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2010.10.18 Mon 15:36:42 | 暮らし| 0 track backs, 3 comments
コメント
この記事へのコメント
複雑な気持ち
とっちんさん こんにちは。
陽花さん 初めまして。

 今朝の新聞の読者投書欄に75歳の男性が
こんな文章を投稿していました。

 「若かった時代は田んぼに出て腰を折り、
一株一株刈り取る作業は大変でした。
祖父は月夜の明かりで稲を買っていた、と
母が話していました。
ところが、いまはどうでしょう。機械がまるで
大地をなめるように刈り取り、もみは袋詰めにしてしまうのです(後略)」


 もし、農機の進歩普及がなかったら
日本の農業は今よりもっともっと衰微しているでしょう。

 稲の架け干しのような懐かしい農村風景を惜しむ気持と
高齢過疎の地で何とか頑張って農業を続ける人がいるのは
機械化のお陰だなと感謝する気持ちが、
二つながら私の中にあります。
2010.10.19 Tue 16:20:15 | URL | 沢太郎 #fZUo1r6Y[ 編集]
初めまして。
7月にブログ始めた頃から、こちらを訪問させていただいております。
沢太郎さんの文章や写真にふれると、12年前に亡くなった父と会話しているような、なんとも懐かしい温かい気持ちになります。

私は宮崎と熊本の県境の山深い集落で育ちました。
自宅から高校に通学する手段がないので、
寄宿舎に入り人吉の高校に通いました。

この風景、本当に懐かしいです。
私の育った集落は、谷底のような場所にあるため、田畑はほとんどなく焼畑(こば)で野菜や穀物を作っていました。
隣の集落では今でも架け干しをしていますが、この風景が消えてしまうのも時間の問題のようです。
ふるさとを離れた私なので、後継者不足を嘆く資格はないのですが、やはりさびしいですね。


2010.10.18 Mon 22:23:16 | URL | 陽花 #XbnZBJT2[ 編集]
この風景☆
子供の頃はこれが当たり前の風景でした。
でも今と違うのは、集落の人達ががあちこちでお互い手伝いながら稲刈りをしていたことです。
もちろん一家総出ですから、子供であろうと手伝わされました。

今これを一軒でされるのは本当に大変なご苦労だと思います。
こういう風景は街に近い機械まかせのところではまず見かけません。
本当に古き良き日本の風景となってしまうんでしたら、寂しいですね。
2010.10.18 Mon 20:37:14 | URL | とっちん #-[ 編集]
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