丘の中腹に小さな小さな観音堂が建っている。ここで年3回、集落の女性がそれぞれ持ち寄った料理を食べ、おしゃべりして時を過ごすのが“お観音さん”という行事である。
今回は男たちも招待されて出席した。
観音堂は御覧のようにとても狭く、座れない人は外にはみ出す。
戸も窓もないから雨風が入り放題。
1月のお観音さんは、さながら寒さの我慢大会だ。
幸いなことに数年前に冷暖房完備の公民館が出来たので、お参りを済ませたら一同ぞろぞろ歩いて公民館に移動する。
お神酒で乾杯した後、例によって焼酎で酒盛りだ。
昼間から飲む習慣がないから酔いが早い。
2時間ほど飲んで散会となったが、帰りはふわふわした雲を踏んでいる気分だった。
そんな状態でこのブログを書いた。
意味が通じているだろうか。
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地域の神社は山の中腹に建っているので、
急勾配の長い石段を登らなくてはならない。
今日は願い事する立場だから
勾配のゆるい女坂ではなく、無理して石段を上がった。
(写真は石段の上から見おろしたところ)

石段を上がってすぐの場所に楼門があり、
その先に集落の一同が今日、“お篭り”する社殿が見える。
“お篭り”とは、簡単に言えば神官さんにお祓いと祝詞をあげてもらい、
五穀豊穣や家内安全を願う行事だ。
私は、これ以外に個人的な願いを抱えていた。

ここが“お篭り”をする社殿。
30人ほどが座ると、ほぼ一杯になった。
祝詞が終わったら湯飲みに冷や酒や焼酎をついで酒盛り。
飲みたい者は車を置いてきているし、
車で来た私は2時間の間、1滴も飲まなかった。
周りが段々出来上がっていく輪の中で、
数少ないしらふの1人でいるのは詰まらないものだ。
ところで何を祈ったのか、って?
それは内緒。
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地元の神社の注連縄作りに参加した。
秋の例大祭を迎える行事で、各集落が回り持ちで担当している。
今年は6年ぶりに我が集落の順番が回ってきたというわけだ。
田舎だから誰でも縄ぐらいななえるだろうと思う人がいたら間違いだ。
50代、60代の“若きゃあモン”には縄がなえない者が多い。
それで、80代の長老から怒鳴られ、教えられて、おぼつかない手つきで編んでいく。
私は、それも出来ないので藁打ちを担当した。
5kの鉄亜鈴で藁が柔らかくなるまで根元を叩く単調な作業だ。
昔は「藁打ちは、お産よりきつか」と言われたそうだ。
確かに大量の藁を叩き終えたとき右腕は棒のようになっていた。
午前8時から昼まで掛かって鳥居や社殿の大注連縄、境内を囲む細い注連縄を一新することが出来た。
次回は6年後である。
その時は長老に叱られていた若きゃあモンがリーダーになっているかも知れない。
注連縄作りは無事に伝承されるだろうか。
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秋の例大祭を迎える行事で、各集落が回り持ちで担当している。
今年は6年ぶりに我が集落の順番が回ってきたというわけだ。
田舎だから誰でも縄ぐらいななえるだろうと思う人がいたら間違いだ。50代、60代の“若きゃあモン”には縄がなえない者が多い。
それで、80代の長老から怒鳴られ、教えられて、おぼつかない手つきで編んでいく。
私は、それも出来ないので藁打ちを担当した。
5kの鉄亜鈴で藁が柔らかくなるまで根元を叩く単調な作業だ。
昔は「藁打ちは、お産よりきつか」と言われたそうだ。
確かに大量の藁を叩き終えたとき右腕は棒のようになっていた。
午前8時から昼まで掛かって鳥居や社殿の大注連縄、境内を囲む細い注連縄を一新することが出来た。
次回は6年後である。
その時は長老に叱られていた若きゃあモンがリーダーになっているかも知れない。
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今日は各戸から1人ずつ出て集落内の河川と道路の草を刈った。午前7時半に集合して午前中一杯かかる。
暑さとの戦いは覚悟の上だが、今回は役所に提出する写真撮影が煩わしかった。
任意の3地点で草刈り前、草刈り中、草刈り後の写真(計9枚)を撮り、報告書に添付せよと言うのだ。
総延長10キロ以上の道路に20数人が散らばって草を刈る。
「草刈り前」の写真を撮った場所で誰かが来るのを待って「草刈り中」を撮る。
これがどんなに面倒か、役人は分からないのだろうか。
わずかでも補助金を出す以上、証拠写真が欲しいのだろうが、草を刈ったあとの写真だけでなぜいけない?
百歩譲っても草刈り前と後の写真で十分ではないか。
役所の形式主義と机上のくだらない思いつきが草刈りの足を引っ張る。
もっと民を信ぜよと言いたい。
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集落最大の伝統行事"どんどや”は小雪の舞う1月11日に行われた。
旧聞に属する話だが、いつまで続くか分からない行事なので、
ここに書きとめておきたい。
高々と組んだ孟宗竹のやぐらに火を放ち、今年1年の無病息災を祈る。
正月飾りを炎に投げ込み、鏡餅を焼き、竹筒で燗をした酒を飲む。
書き初めの半紙が上昇気流に乗って高く上がれば字が上手になる。
どんどやのありようは昔と大して変わるまい。
違うのは、炎を囲む人数が年々減り、高齢化していくことだろう。
空中を漂っていた書き初めが、ほんの一瞬静止したとき、字を読むことが出来た。
1枚目は勇気、2枚目には希望と書いてあった。
勇気と希望か。
最後にこの言葉に思いをめぐらしたのは、いつだったかもう思い出せない。
若いうちは体力も気力もあり、たいていの困難はそれで乗り越えて行ける。
失敗してもやり直しがきく。
将来、ひとかどの人間になるかも知れないという漠然とした期待も支えになっているだろう。
勇気と希望が本当に必要なのは年をとってからだ。
身の程を知り、行き着く先が見えてきたとき、諦めだけで生きるのはつらいではないか。
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旧聞に属する話だが、いつまで続くか分からない行事なので、
ここに書きとめておきたい。
高々と組んだ孟宗竹のやぐらに火を放ち、今年1年の無病息災を祈る。正月飾りを炎に投げ込み、鏡餅を焼き、竹筒で燗をした酒を飲む。
書き初めの半紙が上昇気流に乗って高く上がれば字が上手になる。
どんどやのありようは昔と大して変わるまい。
違うのは、炎を囲む人数が年々減り、高齢化していくことだろう。
空中を漂っていた書き初めが、ほんの一瞬静止したとき、字を読むことが出来た。
1枚目は勇気、2枚目には希望と書いてあった。
勇気と希望か。
最後にこの言葉に思いをめぐらしたのは、いつだったかもう思い出せない。
若いうちは体力も気力もあり、たいていの困難はそれで乗り越えて行ける。
失敗してもやり直しがきく。
将来、ひとかどの人間になるかも知れないという漠然とした期待も支えになっているだろう。
勇気と希望が本当に必要なのは年をとってからだ。
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婦人会幹部のAさん――肩書きは怖そうだが、心優しい中年女性――から電話があった瞬間、彼女から何ヵ月も前に頼まれていたことを思い出した。
「いつでもいいけんね」などと言われると気が緩んで、約束したことすら忘れてしまう。
困ったことだ。
数ヵ月前、どなたかの葬儀のとき、「お斎(とき)の写真を撮ってくれませんか」とAさんに頼まれ、写真を撮ったものの、渡すのを忘れていたのだった。
「お斎」は葬儀や法要の後に出す精進料理のこと。
集落の葬式では女性が総出で数十人分、時には数百人分のお斎を作る。
女性たちも世代交代が進み、料理の種類や並べ方があやふやになりがちなので、きちんとお手本を残したいというのがAさんの考えだった。
中央の熨斗紙に包まれているのは最中(もなか)。その場で食べず、持ち帰る人が多い。
(それから時計回りに)なます、椎茸と麩の吸い物、ネギを散らした呉(ご)汁。
大豆をすりつぶした呉を溶かした郷土料理の汁物だ。
御飯の右上は“つぼ”。何のことか分からず、どんな料理だったかも覚えていない。
最後は油揚げ、サトイモ、ニンジンの煮しめ。
膳のほかに日本酒の徳利や大皿に盛った漬け物、サラダ、炒めものなどが並ぶ。
山里に住んで葬儀の場数はかなり踏んだが、ダラダラ飲み続けたり、酔って騒ぐ人に出会ったことはない。
縁あった人との別れは誰もが厳粛な気持ちになるだろう。
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「いつでもいいけんね」などと言われると気が緩んで、約束したことすら忘れてしまう。
困ったことだ。
数ヵ月前、どなたかの葬儀のとき、「お斎(とき)の写真を撮ってくれませんか」とAさんに頼まれ、写真を撮ったものの、渡すのを忘れていたのだった。「お斎」は葬儀や法要の後に出す精進料理のこと。
集落の葬式では女性が総出で数十人分、時には数百人分のお斎を作る。
女性たちも世代交代が進み、料理の種類や並べ方があやふやになりがちなので、きちんとお手本を残したいというのがAさんの考えだった。
中央の熨斗紙に包まれているのは最中(もなか)。その場で食べず、持ち帰る人が多い。
(それから時計回りに)なます、椎茸と麩の吸い物、ネギを散らした呉(ご)汁。
大豆をすりつぶした呉を溶かした郷土料理の汁物だ。
御飯の右上は“つぼ”。何のことか分からず、どんな料理だったかも覚えていない。
最後は油揚げ、サトイモ、ニンジンの煮しめ。
膳のほかに日本酒の徳利や大皿に盛った漬け物、サラダ、炒めものなどが並ぶ。
山里に住んで葬儀の場数はかなり踏んだが、ダラダラ飲み続けたり、酔って騒ぐ人に出会ったことはない。
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九州北部の梅雨が明けた。平年より12日、昨年より17日も早いという。
熊本の6月の雨量は平年の2倍もあった。
短い梅雨の期間に大量の雨が降ったことが、農作物にどう影響するか。
私の畑では、キャベツの外側の葉が何枚も黒く変色して溶けた。
これから先、カメムシなどの大量発生が心配だ。
さて、今日は集落の草刈り。
午前7時に約30人が公民館に集まり、区長さんの注意を聞いた後、川の土手、道路わき、峠道の草を刈った。
その総面積は30人×4時間半で想像していただきたい。
汗まみれになって昼前に帰宅。
太陽熱温水器のシャワーを浴び、昼食を食べて昼寝した。
今日は、何もする気にならない。
これで“閉店・店仕舞い”だ。
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今日は集落の小字(こあざ)の女性たちが集う“お観音さん”。観音堂(写真)にお参りしたあと、御飯やお菓子を食べながらおしゃべりする昔からの行事だ。
昔(いつのこと?)は毎月のように行われたそうだが、今は1・6・9月の年3回。
手作りだった料理も仕出し屋に頼んだり、スーパーで買ったりするなど万事お手軽になっているという。
男たちが観音堂周辺の草を刈ったり、女性たちの気が向いたときは男たちもお観音さんに招かれ酒食のもてなしを受ける。
今回は、草を刈らなかったせいか、お呼びが掛からなかった。
残念!
お観音さんに参加する女性は60代、70代の姑世代ばかり。
50歳以下の嫁世代は誰一人参加していない。
姑さんと同席するのが窮屈なのか、お観音さんに出なくても、ほかに気晴らしの機会はいくらでもあるのか。
「お観音さんは昔からの行事だから、これからもずっと続けないと」と婆ちゃんたちは言うが、さてどうなるだろう。
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峠を越えて隣町に行ったら沢山の吹流しと鯉が川の上を泳いでいた。体の中を風が通り抜けていくのはどんな感じだろう。
爽快だろうなあ。
今でこそ写真のような光景はさほど珍しくないが、私が子供のころ(終戦後の1940年代後半から50年代)は、みな貧しくて鯉のぼりどころではなかったように思う。
それでいて、5月の節句が近づくと唱歌「鯉のぼり」や「背くらべ」をよく歌った。
柱のきずはおととしの 五月五日の背くらべ 粽(ちまき)たべたべ兄さんが 計ってくれた背のたけ
眼をつぶると、子供たちの歌声が遠くから聞こえてくるような気がする。
いま、山里では子供の名前を書いた“やばた”(矢幟?矢旗?)が空に翻っている。
私も自分の名前を空高く掲げてもらえたら、子供心にも誇らしく、嬉しく、そして少し恥ずかしく感じただろうか。
7歳の昔にタイムスリップして、鯉のぼりの下に立ってみたいな。
↓ココを押して下さい。元気が出ます。

今日は、集落のばあちゃん達に優しくされて、楽しい1日を過ごした。まず、お観音さんに招待され、飲みなっせ、食べなっせと歓待された。
お観音さんというのは、年に3回、集落の女性たちが観音堂に集まり、持ち寄った料理を食べておしゃべりする行事である。
本来は男子禁制だが、年に1度は我々爺ちゃんを招待してくれる。
夕方からは毎年恒例のどんどや。
高々と組んだ孟宗竹に火をつけ、正月飾りを投げ込んだり、モチを長い竹の先に挟んで焼いて食べる。
炎を見つめながら、孟宗竹で燗をした酒を竹のコップで飲んでいると、温泉の中で手足を伸ばしたような気分になる。
ここでも、ばあちゃんたちは「酒はいっとるか(コップに酒は入っているか)」「何か欲しいものはなかね?」と気を使ってくれた。
どんどやの火で焼いたモチを食べると、1年間無病息災で過ごせるという。
もちろん、私も食べた。
どうか霊験あらたかでありますように。
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今年も公民館で門松を作った。参加者は15人の老若男女と言いたいところだが、75歳以上の老老男女(男7女8)。
60代の私は、おまけの下働き兼写真撮影係だ。
今年は女性の参加者が多かった。
料理の手を休めては出てきて、「竹の組み方がおかしい」だの「南天や松がゴチャゴチャして荒神やぼ(やぶ)みたい」などと批評する。
やかましいことこの上ない。
2時間ほどで「よかよか、ほんによか」と自画自賛する門松を仕上げ、ばあちゃんたちが作ってくれたねぎらいの料理を囲んだ。
郷土料理のだご汁は体が温まって、とても美味しい。
去年、門松を作ってからもう1年経ってしまったのか。
ことしも、あと1週間しか残っていない。
足元の砂が際限なく崩れるような気分だな。
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隣りの集落の山の神さん(だと思う)の注連縄が新しくなっていた。山里には田の神さん、水神さん、荒神さん、山の神さんなど多くの神々が宿っている。
どこの集落でも神さんの注連縄を取り替え、あたりを掃き清めるのが12月の欠かせない行事だ。
私自身は、いかなる宗教とも関わりはないが、こうした土俗的な信仰を否定する気は全くない。
農業は、どんなに努力しても天候や自然災害の有無に左右される。
人間の力の及ばないことをつかさどるものを神と呼び、1年の無事と豊作を祈るのは当然の成り行きだろう。
今年も間もなく終わる。
大きな病気をせず、中くらいの幸せな1年を送れたと思う。
田の神さん、水神さん、荒神さん、山の神さん ありがとさん。
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毎年12月11日は、1年の実りを神に感謝する「座祭り」が行われる。去年書いたので内容は省略するが(興味のある方はこちらでどうぞ)、お祓いの後の酒席で、今年は良い年だったという話になった。
まず第一に、台風などの自然災害がなかった。
集落では毎年3〜4人亡くなるが、今年は1人だけで済みそうだ。
米や野菜、クリ、ミカン、タケノコがよく取れた。
これで文句を言ったらバチが当たるだろう。
いいことをもう少し付け加えると、きのう書いた干し柿にカビが生えず、蝿も来ないのは、我が家だけではなかった。
去年、まばらにしか実をつけなかったナンテン(写真)やセンリョウにびっしり実がついた。
カメムシの発生が少なかった。
そんな話で盛り上がって焼酎を飲みすぎ、今日は二日酔いで気分が悪い。
何やってんだろうね。
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今日はポカポカ陽気に浮かれて隣りの集落の収穫祭に出掛けた。町全体の祭りや集落単位の祭りに顔を出すのは、この冬これで4回目。
遊んでばかりいるようだが、何ごとにも気分転換が必要だと経験が教えてくれている。
帝政ロシア時代、囚人にAのバケツの水をBのバケツへ、BからAへ、AからBへと際限なく移し変える罰を科したら、どんなに凶悪な男も泣いて許しを乞うたという。
1日3〜4時間しか働かない私でも毎日、草取りばかりしていたら音を上げるだろうな。
そんなわけで昼間から1杯100円の生ビールをぐびぐび飲み、祭りメーンイベント農産物の競りに臨むのも気晴らし。
競りは遊びだから、落とせても落とせなくても、どうということはない。
だが、いきなりキャベツ1個500円、ハクサイ1個1000円などと立て続けに高値をつけるお大尽が現れたのにはしらけたね。
ご祝儀のつもりだろうか。
それとも「オレは金を持ってるぞ」と自慢したいのだろうか。
どちらにしても、あの人は凄いなと尊敬のマナコで見る人はいなかったと思うよ。
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炭化した松ぼっくりやハスの実を見ていると、
黒も豊かな色彩であることに気づきます。
charcoalという単語があるので、外国にも
炭沢太郎屋根の上のハンター私もそう思いますkinnsannさん こんにちは。
上げ膳据え膳の飼い猫、飼い犬と違って
ノラは毎日必死で餌を探していますから
ノラ吉を応援する気持ちはありました。
でも、屋根から沢太郎目を丸くするのは君の番だこんにちはこれは炭なんですか!
とても惹かれます。
わたしも松ぼっくりを飾っていますが、炭だったらよかったな…。kumoki屋根の上のハンター良かったかと なんか小鳥がノラ吉の傍に降りてくる訳もなく,ノラ吉がチャンスを見つけて,跳び上がって,尾羽根ぐらいをくわえたとして,でも,そのまま屋根から落っこちませんか。自kinnsann九年庵で気分転換熟練の技らぼっちさん こんにちは。
窯を借りて竹炭を焼いたことがありますが
火加減や焼く時間、竹の入れ方が難しく失敗しました。
ハスの実や松ぼっくりを壊さずに焼くに沢太郎九年庵で気分転換遅くなりすみません
1年前の記事をわざわざリンクして下さってありがとうございました
この時期に待ち時間無しでゆっくりと堪能することができたなんて、やはり日頃の行らぼっち九年庵で気分転換素晴らしい庵ですがviviane さん こんにちは。
私が車をとめた臨時駐車場は
九年庵まで歩ける距離ではなく
無料のシャトルバスで送迎してもらいました。
バスを降りてからも10分ぐ沢太郎九年庵で気分転換2〜3年前に母と行きましたが、駐車場から
結構距離があったように思いましたが・・
健康で足の丈夫なお年寄りしか九年庵には
たどり着けないのではないでしょうか?
viviane猫の死生観犬より怖いのは健忘庵さん 今晩は。
猟期が終わると猟犬を山に捨てたり
立木に鎖で結んで置き去りにする
ハンターがいると聞いたことがあります。
もし本当なら、野生化した犬も沢太郎猫の死生観命がけだからkinnsannさん 今晩は。
ノラは病気になって餌が取れなくなったら
多くの場合、死ぬしかない。
目つきも鋭くなりますよね。沢太郎猫の死生観捨て犬山へ行くと、野犬に囲まれることがあります。
和犬もいるし、高級そうな(高額だったような)洋犬もいます。
かつてはペットで可愛がられたのでしょうが、
なんらかの健忘庵猫の死生観じっと見られて 三匹の眼差し,鋭いですよね。
「お前も今を生きてるか?明日,死ぬかも知れんぞ」なんて。kinnsann寒かったけれど声をかけあいましょうとっちんさん こんにちは。
鬼が笑う来年の話ですが、
農産物展示即売会場で
果実酒を買い占めている人がいたら
声をかけてみますね。
プロフィール欄の“きっち沢太郎寒かったけれどお祭りに行こうかと思っていたのですが、寒さで断念しました。
行けば沢太郎さんともすれ違っていたかもしれませんね。
丸太切り競争や木曳き競争があるとは知りませんでした。
とっちんいつか龍宮城へ玉手箱司元さん こんにちは。
既にジジイなので玉手箱を開けても
たいして変わらないと思いますよ。
ひょっとしたら若返ったりして……。沢太郎いつか龍宮城へ 竜宮城から帰ってこられたら、絶対に「玉手箱」は開けないでくださいね。司元散るのは心の拠りどころ何とか出来るはずRookieFarmer さん こんにちは。
「アグリビジネスへの挑戦」の
アドレスありがとうございます。
なるほど、こういう方法もありますね。
最悪のシナリオは廃沢太郎散るのは心の拠りどころ親代々の卒業生kinnsannさん こんにちは。
この小学校は明治20年代の開校。
校区に住むほとんどの人が親代々この小学校の卒業生です。
廃校は心にぽっかり穴があいたような
気沢太郎散るのは心の拠りどころ廃校こちらのそばにある分校が廃校となったのは8年ほど前ということですが、なくすには忍びないということで、地域の人達がみんなで手分けしてそば打ち教室と蕎麦屋を運営してRookieFarmer散るのは心の拠りどころ見事なイチョウは イチョウも小学生たちに見上げられるのが毎年毎年,楽しみだったろうなあ,と思うのです。さみしいことです。kinnsann